亭主のこだわり・・・

 亭主のこだわり・・・ あえて「こだわり」と書きました・・・ 「拘り」と書くと何かとても肩肘をはってるみたいで疲れてしまいそうですし「コダワリ」になるとチョット軽々しく感じてしまうので「こだわり」です。  前に書きました通り、木工房は「さしもの屋」です。「さしもの屋」も「ものづくり」の部類なので木工房も、「ものづくり」の端くれです。ですので何かにこだわって「ものづくり」をしています。というかこだわる努力をしているつもりです。  よく何かを作っている方が「やっていてうれしかったことは?」の問いに「やはり丹精込めて作ったものを納めたときにお客さんに喜ばれた時ですね!」と答えられてますがあれはチョットおかしいと考えてます。 もちろんアマチュアでしたらその方が喜んで頂いたのなら嬉しいのは当たり前でしょうがアマチュアでしたら「その方」は「お客さん」ではありません。私達は木工を生業としていてその作品は商品なのです。そしてその商品を使っていただくユーザーさんはお客様でしてその報酬として代金を頂いています。ですのでお客様が喜んで頂くっていうのは当たり前というか「義務」なのです。  ものづくりをしている者はお客さん(エンドユーザーだけでなく元請さんや親会社さんも含めて)に喜んで頂くのは当たり前で、もし作品を納めた時に哀しまれてしまったり、無関心でいられたらそれはやってはいけない事なのだと考えてます。  以上は「こだわり」ではなくって「常識」の範囲です。では何に「こだわってるんだい!?」

・・・・・(-。-)y-~~~~
     ・・・・・(-。-)y-~~~~・・・・・
         ・・・・・ (-。-)y-~~~~・・・・・

「こだわり」・・・これを書いているのは2007年です。その年の漢字には「偽」が選ばれました。食品関連が一番目立ったのですが「偽装」が多発したからなのでしょう・・・ そして偽装を行っていた彼等のこだわりの多くは「本物指向」でした。食品の他にも建設関連、建材製造会社などなどで「偽」が発覚しましたが、食品や建物関係以外は世間が大きく騒がなかったのはマスメディアに大きく取り上げられなかっただけです。 多くは「ものづくり」をしていた処でした。昨今の製品には「安心、安全」が付属していないと世間から淘汰されてしまうといった風潮がまかり通っていましたので世の中の商品の殆どには「安心、安全」が当たり前の様に付いていました。増して以前から時代は「環境の時代」ということで「人に優しい、環境にやさしい」といった語呂が求められるというか強制みたいに叫ばれる時代に入っていましたので、「安心、安全」は人だけではなく環境にも「安心、安全」を求められていました。そんな時代でも(と言うかますます過激になったと思うんですが)安定的な供給は求められ続けました。それだけではモチロンないんでしょうが、それまでに既にめいっぱいに背伸びをしていたところは結果「本物、安心、安全」を偽装するに至ったと考えるのはあまり無理ではないんでしょうか。 これを書き始める前には漠然と「本物、安心、安全」なんかが浮かんではいたんですがこんな展開になってしまっては「本物、安心、安全にこだわっています」ではとてもとても〆なくなってしまいました・・・

          (-。-)y-~~~~・・・・・  

 考えてみれば「安心、安全」のレッテルが貼ってあるということはレッテルのない品は「不安、危険」ということ?その商品を購入した私はその代金と引き換えに不安と危険も一緒に購入していたということなんでしょうか・・・恐い話になってしまいましたが多分そういうことだったんでしょう。なのでみなさん「安心、安全」のラベルに拘って商品を選んでたんでしょう。そうしたらその品が実際には人に不安を与え環境には危険であったって事なんでしょう。  
話がかなり横道にそれてしまいましたがこの際ですんでもう少し道草を食ってみたいと思います、もう少しお付き合いの程を・・・
2007年に「偽装」が多く報道されたんですが発覚した要因は「内部告発」でした。そして告発した多くは「アルバイト級」の構成員で、発覚した内容は案外だれでも解かる内容だったので世間も大騒ぎしたのでしょう。もしかしたら一番恐いのはもっと組織の奥深いところでやってる「偽」で、それはもう専門知識がなければ解からない事だったらもう既に「偽」とは呼べない事項なのかもわかりません・・・。そして本当に恐いのは今、安全と安心していたら将来「危険だった」と後でわかることなんでしょうね。  けれども思い出してみるとなんだか「あの当時には危険だったとは解からなかった」をもう何回も何回も繰り返して来たように感じるのは私だけですか?
そうなんです、安心とか安全とかを責任もって掲げることが出来る製造業者は百年前と同じ素材でもって百年前と同じ製法で製造している方に限られるんじゃあないでしょうか。百年前に作られた物が人に使われ続けた結果、人には無害なことが証明され、必要が無くなった若しくは修繕不可能な程に痛んでしまったあげくには廃棄されるでしょう。その後、半世紀以上経った現在でもこの惑星にとって実害が報告されてなければ、ほぼその製品は「安心、安全」と言っても良いと思います。
では「木工房の作る木製品が安全かどうかが判明するのは百年後かい!?」と憤慨される方もおられるでしょうし、既にお使い頂いている方も沢山おられます。実際の処は間違えてはないんですが幸いなことに、木工房にはそんな歴史はありませんが木工品については既に2000年以上の歴史が証明してくれます。ただ残念なことに製品すべてが2000年前から存在するわけではなくって、例えば化学合成の接着剤で固めた合板で被った「フラッシュドア」なんかはごく最近に開発された製品なので今の時点で人や地球に無害ですとは断言することは出来ません。それに合板の表面仕上材に本物の木材を薄くスライスしたものを基材に貼りつけた「銘木合板」は少なくとも同じ「木」なので廃棄する時のこの惑星への負担は多少は少ないんでしょうが、中には合成樹脂を接着した「シート合板」やポリエステル樹脂を塗膜した「ポリ合板」があります。この「シート合板」などを表面材に使用したドアや家具が廃棄される時にはどんな時代なのか今の時点でははっきりとは解かりませんが、この星にとって無害な事は決してないでしょう。
なんとなくですが、普段自分が気をつけてる事が見えてきたきがします。 日々、木工房では木製品を製作しています。けれども残念ですがすべての製品が本物の木から作られているわけではありません。コストの関係や納期、時には設計指示として合板を使った製品も作ります。そしてそれらは、前でも書きました様に「銘木合板」ばかりではなく、「シート合板」や「ポリ合板」を使用したドアも多々あります。この製品たちが将来(しかも合板は接着剤の寿命がその製品の寿命なので遥か遠い将来ではない筈です)不用となったりあるいは修繕不可能な状態になったら廃棄するしかないでしょう。その時にはこの星にとって全く負担が無いとはとても言いきれません。 「それではそういう製品を作るのをやめれば良いじゃあないか!」とおっしゃる方も居られましょうが、前述のとおりフラッシュ工法のドアは本物の木で作られたドアと比べればコスト的にはかなり抑えられるといったメリットがあります。材料費だけではなく製作手間も少なく済みますので、短納期というメリットも生じます。実際、皆さんのお宅の扉はシート合板で被われた「フラッシュドア」が殆ど(すべてのお宅もあると思います)だと思います。ですので「ベニヤ板から出来ている製品は環境にヨロシクないので木工房では製作致しません」と看板を上げれば「本物の木で出来た扉だけあんたん処に頼んでベニヤ板のは他所に頼む分けにはいかないんで全部あちらでやってもらう事にするよ!」となってしまいます。ですので今の段階ではベニヤ板の扉も作らざるを得ないんです。造作家具についてはお断りしています。というか造作家具はデカイので一人でやっている木工房では作るのが非常にしんどいのが大きな理由なんですが、「ベニヤはなるべく扱いたくないんです」とも説明させて頂いています。造作家具の殆どは「近くの山で採れた木(間伐材が主です)」で製作しています。特注の建具(扉とか引戸)に付いてもユーザーさんがそういった事に全く無関心な方でしたら何も申しませんが、少しでもそういった事に感心を持たれている方でしたらなるべく前に書いた様なことを説明させて頂いています。
 最後にあと1つだけ・・・最初に「お客様に喜んで頂くのは義務だと考えてます」 とは書きましたが、納品した時にユーザーさんの喜ばれた顔を見るとやはりこちらも嬉しいものを感じます。でも良く感じるんですがユーザーさんの嬉しそうなお顔に2通りあるのに気がつきます。2通りというか嬉しさの度合いが非度く違うのです。全財産を果たして建てられたお宅に希望通りの建具が付いた時のユーザーさんのお顔は今でも憶えています。実はその作品はかなり苦労して夜中まで作業して完成させた物だったんですが、そのお顔を拝見した途端こちらもフニャフニャになってしまったんです・・・多分その方にとってその新しいお宅は「夢」だったんでしょう。そしてその建具がついた時に多分「夢」は実現したのだと思います。「新築だから当たり前だ!」と思われる方もおられるでしょうがある時、ホールの床を地元の材で貼り替えたお宅のトイレの扉をフラッシュドアから地元の間伐材で作ったドアに取り替えた事がありました。その時にも前の新築のお客さんに近い表情に変わられたのを私は見逃しませんでした。 その方にとっては「地元の木」の利用に自分が関与するのが「夢」だったのではないでしょうか!?けれども今ある家を取壊して地元の木で新築することは不可能なことだったんでしょう。けれども「地元の木を自分で使って環境を少しでも良くしたい」と常日頃思ってみえたんではないでしょうか?そして1.5坪のホールの床とトイレのドアが希望通りになった。その時「夢」がかなったんではないでしょうか・・・!?
 夢は子供の頃から持ち続けている大きなものだけではなくって、たとえば「何時も使う椅子は地元の木で作られたものを使いたい」なんてつい先程から持ち始めたとても小さなものも「夢」だと思うんです。
そんな様々な夢を持っている方々に出会って夢をかなえるお手伝いが出来ること。木工房の夢です。


ダラダラとしたとてもツマラナイ長文にここまでお付き合い頂いてありがとうございます・・・






















おわり TOPへ